第47回:新日本キックボクシング協会を旗揚げし世界各国に熱狂的なファンを持つキック界のカリスマ

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本日のゲストは、お話を伺ったのは、新日本キックボクシング協会、代表、伊原信一さん。新日本キックボクシング協会では、全国にキックボクシングのジムを展開しています。

代表を務める伊原さんに、事業内容や起業に至るまでのストーリーを伺いました。

 

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「仕事をしながらプロを目指す」

松本:現在、どういう事業をされているのか自己紹介をお願いします。

伊原:新日本キックボクシング協会では、キックボクシングの指導ということで、東京都を初め、全国各地にジムを展開しており、所属選手の育成を行っております。多くの選手は、仕事など、普段の生活をしつつ、月曜から土曜までトレーニングに打ち込み、厳しい練習に耐えて、プロを目指す方がほとんどです。プロになるには、減量などの様々な壁がありますが、パンチやキャリアが強いなど、自分の強さとなる武器を作っていくことが大変です。

 

「鍛錬を忘れずに取り組める選手は芽が出る」

松本:この選手はトップにいけそうだということは分かるものですか?

伊原:30年近く指導にあたっているのですが、ジムに入会する際に、歩いている姿を見るだけで、意気込みや身のこなし方、体のバランスを判断し、伸びる選手は判断できます。ただ、最初は弱そうな選手でも、根性があり、鍛錬を忘れずに厳しい練習にも耐えられる選手は、神様は見ていますので必ず芽が出ると思います。

 

「ストイックに目標に向かって進むこと」

松本:トップになるまではどのくらいかかるのですか?

伊原:少なくとも3年はかかり、人の気持ちを理解し、初心を貫ける選手は早く芽が出ると思います。そして、他のことは我慢してまでも、キックボクシングにかける時間を多く持ち、目標に向かって、まっすぐに進むことが重要です。

 

「目標を明確にし、妥協しない」

松本:トップになれる人とそうでない人は何が違いますか?

伊原:やはり諦めないということが大事です。仕事やプライベートなどの私生活もあるなかで、キックボクシングの練習をしていくのですが、キックボクシング以外の誘惑に負け、練習がおろそかになるなどして脱落していく選手も多いです。また、なかなか上達しないときに、自分はここまでの選手だと思い込み、妥協してしまうケースもあります。目標を明確に持ち、自分自身を甘やかさずに妥協しないことがプロへの道だと思います。

 

「礼儀を重んじる」

松本:指導するなかで大事にしていることはありますか?

伊原:自分が駄目だと落ち込んでいる選手に対して、もう一度鍛錬しなおし、モチベーションを取り戻すことが私の仕事です。そのために、よくコミュニケーションを取るということを大事にしています。選手一人ひとりの変化に気を配り、何かおかしいなと感じたら、「どうした?」と声をかけています。そして、何より大事にしていることが礼儀です。

礼儀を教えないと、本当に強い心はできませんので、必ず感謝することを教えています。五体満足で健康であり、選手として戦えていることを、産んでくれた両親に感謝しなさいということを伝え、デビュー戦で手にしたファイトマネーは両親にプレゼントするように指導しています。格闘技の選手には、心が優しく、人を大切にできる子がたくさんいますので、そういう子たちと関わる仕事ができて、私は幸せだと感じています。

 

「有名選手も指導してきた」

松本:これまで指導してきた選手はどのような方がいらっしゃいますか?

伊原:これまでに魔裟斗選手や小川直也選手、ボブ・サップ選手の指導を担当しました。魔裟斗選手には、一番になるためには、人の3倍4倍練習して初めて一人前になれるということを教えました。

 

小川選手も一生懸命練習に励み、柔道家として挑んだ、空手家の佐竹雅昭選手との試合では、「柔道の技で抑え込めば、小川君は勝てる」と私が言うと、「いや、会長。会長から教わったキックボクシングの技で勝負します」と言ってくれて、教えてもらったことを実践するとは、素直でいい子だなと思いました。

多くの有名選手を育ててきたなかでも、ボブ・サップ選手は印象が強くて、彼に最初に教えたことは、「一つ、時間だけは守れ。二つ、練習はしっかりやって妥協するな。三つ、強くなるなら、みんなに愛される男になって、格闘技の伝道師になれ」と約束しました。しかし、当時すでに有名になっており、テレビなどの収録が忙しく、練習に遅れてくることもあり、私は激怒したこともあります。その後は、闘争心を取り戻し、曙との試合は見事KOで勝利しました。ボブは感情の起伏が激しいですが、好きな男です。

 

「貧しい家族を救うためにボクサーを目指した」

松本:これまでに至った経緯を教えてください。

伊原:私はプロボクサーを目指すために、17歳で上京しました。私は三人兄弟で全員施設で育てられ、とても貧しい生活をしていました。ご飯も満足に食べたことはなく、妹たちが毎日お腹をすかせている状況をなんとかしたいと思い、ボクシングで世界チャンピオンになって、妹と弟を東京に呼んで、一緒に暮らすということが上京した理由です。

 

「ボクサーパンツも買えず、海水パンツで練習した」

松本:東京での練習はどうでしたか?

伊原:最初は、お金もなく、みんながボクサーパンツを履いているなか、私だけ海水パンツで練習していました。海水パンツでしたが、練習はできたので、これで世界チャンピオンになれると思ったら、まったく恥ずかしくなかったです。

しかし、練習すれば世界チャンピオンにすぐになれると生意気だったこともあり、先生に呼び出され、スパークリングをやってみろと言われました。私は簡単にできると思っていたのですが、パンパンパンと圧倒言う間に3発殴られ、鼻血を出し、シャワー室で悔しくて号泣しました。

 

「仲間と対立し、ジムを退部」

松本:その後、ジムでの練習は順調に進んだのですか?

伊原:バイトをやりながら練習をしていて、まだお金がなく、トレーニングシューズが買えていませんでした。そんなとき、練習相手に、わざと足を執拗に踏まれ、それに怒りを覚えた私は、ついつい喧嘩してしまい、コーチから辞めてしまえと怒鳴られ、ジムを飛び出しました。止めてくれる仲間もいたのですが、そのまま退部し、他のジムを探しました。

あるとき、たまたま見たテレビ番組でキックボクシングをやっていて、それまでボクシングをやっていましたが、私が本当にやりたいのは手だけではなく、足も使えるキックボクシングだということに気付き、目黒ジムに入部することになりました。

 

「今の選手は技術面が素晴らしい」

松本:昔と今の選手の違いはありますか?

伊原:昔は根性だけでやっている選手も多く、メンタル面は強かったですが、今の選手は技術面が素晴らしいと思います。

 

「帰る道がなかったから早くチャンピオンになれた」

松本:会長はどのくらいでプロになったのですか?

伊原:私は半年でプロになって、2年でチャンピオンになりました。チャンピオンになって、妹や弟を1日でも早く東京に呼んであげたいという気持ちだけで練習に励んでいましたので、そのメンタル面が自分自身を強くしたと思います。また、私には親もおらず、帰る場所もなかったですから、もし、心安らげる場所が私にあったなら、甘えが出てしまい、こんなに早くチャンピオンになれなかったと思います。

 

「夢が叶ったら、また次の夢を見つける」

松本:妹たちを東京に呼ぶという夢が叶ったときはどういう気持ちでしたか?

伊原:これまで頑張ってきたことが実って良かったなという気持ちと、次は、この子たちを学校に入れて、結婚させたいという、新たな夢が見つかりました。しかし、妹たちに負ける試合は見せられないと思い、勝つために消極的な試合をしていると、ガツガツした試合を見にきていたお客さんからの人気はなくなってきてしまうので、その葛藤はありました。

 

「家族の生活を支えるようになり、ジムの経営を始める」

松本:いつごろ、ジムの経営を始めたのですか?

伊原:家族が不自由なく食べていけるようになり、29歳でジムの経営を始めました。香港でジムを運営しているときに、映画出演の依頼があり、そのときに共演したジャッキー・チェンとは今でも親交があります。私が後楽園で試合をするときには、ジャッキー・チェンや、ジュディ・オング、チャーリー・チェンなどが、花束を持って駆け付けてくれて、とても嬉しかったです。

 

「自分が好きにならないと相手も好きになれない」

松本:プレイヤーから経営者に変わって、感じたことはありますか?

伊原:ジムを立ち上げた当初は、格闘技というのは殺伐としていて、汗臭いイメージがあったのですが、ジムを清潔にするなどして、格闘技という業界のことをもっと盛り上げていこうという気持ちでジムを経営していました。そして、自分から人を好きにならないと、相手も好きになってくれないと思い、周りの人間を大切に思い、人を好きになろうという気持ちを大事にしていました。

 

「選手に合わせたトレーニングを考える」

松本:ジム運営で心掛けていることはありますか?

伊原:選手が目的としていることをトレーニングに組み込むことを目指しています。例えば、ダイエット目的で入会される女性の方がいらっしゃるのですが、こういうふうに体を動かせば効果が出るなど、その人に合わせた内容を提案しており、結果を残せるようなトレーニングにできるよう心掛けています。

 

「自分がやっていることを信じれば結果は出る」

松本:起業したいのですが、どの分野に進もうか迷っている方へ向けて、アドバイスをお願いします。

伊原:やはり初心を忘れず、一生懸命やることです。誘惑に負けず、決めた目標に向かって、まっすぐ進むことで素晴らしいものを立ち上げることができるし、素晴らしい人生を歩めると思っています。自分がやっていることを信じて進めば、必ず結果は出るはずです。

 

「格闘技を世界に発信したい」

松本:今後の事業展開、仕事上での夢を教えてください。

伊原:地上波でのテレビ放映が盛んになり、素晴らしい選手をたくさんの人に知ってもらうことが夢です。素晴らしい格闘技を日本全国に広め、世界にも発信できるようなことをしてあげられたらと思っています。

 

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起業におすすめな本/社長の「1冊」

五輪の書

武士は兵法の道を確かに会得し、そのほか武芸によく励み、武士の修行すべき道(文武両道)に精通し、心迷うことなく、常に怠ることなく、心・意二つの心を磨き、観・見二つの目を研ぎ、少しも曇りなく、迷いの雲の晴れわたったところこそ、実の「空」と知るべきである(空の巻)。最も古く最もオリジナルに近い福岡藩吉田家伝来の書を底本に、原典に忠実な現代語訳決定版。剣豪・宮本武蔵の兵法の奥義と哲学が時代を超えて現代によみがえる。

 

新日本キックボクシング協会  代表  伊原 信一

昭和26年6月7日生まれ
宮崎県出身。キックボクシング元日本フェザー級、同ライト級王者。
昭和55年オープントーナメント優勝、世界初1年間を通じて5階級チャンピオン。翌年にはWKBAウェルター級世界王者のニューガールドを下した。

昭和58年伊原道場を設立するとともに新日本キックボクシング協会を旗揚げし代表を務める。
プロモーターとして活躍する一方39歳まで現役の選手として世界のリングに上がり常にトップファイターとして戦い続けた。キックボクシング、空手、K-1のみならずプロレスラー、その他プロスポーツ選手、芸能人に多くの弟子を持ち、世界各国に熱狂的なファンを持つキック界のカリスマである。

新日本キックボクシング協会
http://www.shinnihonkickboxing.com/


伊原道場
http://www.iharadojo.com/

 

 

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