第56回:行列が出来るかき氷専門店・埜庵。独創的なシロップを使ったかき氷を求めて全国からリピーター続出。

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本日のゲストは、株式会社埜庵、代表取締役社長、石附浩太郎さん。株式会社埜庵は、神奈川県藤沢市にある、かき氷屋さんです。代表取締役社長を務める石附さんに、事業内容や起業に至るまでのストーリーを伺いました。

 

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「かき氷を軸に事業展開」

松本:現在どのような事業をされているのか、自己紹介をお願いします。

石附:神奈川県藤沢市鵠沼海岸で1年中オープンしているかき氷屋を運営しています。事業内容としては、かき氷屋の運営以外にも、かき氷に関する様々な相談をお受けしたり、食品メーカーさんの商品開発の監修や知見の提供など、かき氷を軸に事業展開しています。

 

「かき氷屋ということへのこだわり」

松本:事業運営するにあたってのこだわりはありますか?

石附:かき氷屋を始めて、今年で15年目になります。起業した当時は、1年中、かき氷だけで勝負するというのは難しいチャレンジだったと思います。ここまで、かき氷屋として続けてきたということにはこだわりを持っています。現在は、かき氷ブームのため、アイスクリームをふくめ、氷菓というジャンルのマーケットサイズは大きくなっていますが、ちょっと前までは、冬にどうやってお客さんを集めるか苦労しました。かき氷屋として工夫していることは、今に至るまで、「冬でもかき氷を召し上がっていただける人をいかに生み出すか」の一点につきます。

 

「天然氷と手作りシロップ」

松本:人気商品はなんですか?

石附:当店では、自然の寒さで凍らせた天然氷を使用しています。年間を通して人気の味は、苺のかき氷で、苺のゼリー寄せが中に入った「W(ダブル)いちご」という商品があるのですが、苺の旬の時しか食べられない商品とあって、冬の看板メニューになっています。また、苺が採れない夏にも、生の苺のかき氷が食べられるように、夏苺「埜庵」という苺を栽培するところから始めています。常に新鮮なものを提供する工夫も行っています。

 

「時間があるときにこそできる仕事」

松本:お客さんは1日どのくらいいらっしゃるのですか?

石附:百貨店の催事場に出店させていただく時などは、真夏であれば、1日1,000人以上のお客様のお召し上がりいただいています。しかし、冬の時期や雨の時は、どうしても来客は減ります。そのときは、接客に余裕が出来るので、お客さんとコミュニケーションを積極的に取るようにしています。最初は、かき氷を食べにくることが目的であったお客様も、コミュニケーションを重ねることで、今度は、話ができる暇な時期に来店いただくリピーターに繋がることもあります。

 

「営業マンとして活躍」

松本:それでは、今に至った、石附さんのストーリーを教えてください。

石附:大学卒業後は、インテリア内装材メーカーに入社し、営業マンとして勤務しました。入社当時は、バブルのころでもあり、営業成績も良かったのです。バブル崩壊後、業界全体が低迷したこともあり、同じ営業職で音響メーカーに転職しました。そのころは、音楽を外で聞くという習慣が根付いてきた時期でもあったため、ヘッドフォンなどの販売が伸び、営業成績は非常に良かったです。

 

「天然氷に隠された問題を伝えたい」

松本:その後、かき氷に出会ったきっかけはなんですか?

石附:まだ音響メーカーで働いていた時ですが、明治時代から天然氷を作り続けている、天然氷の蔵元と知り合いました。そして冬の作業をお手伝いさせていただく機会をいただきました。山に入って、体を使う作業は、都心のオフィスで働くのとはまったく違う世界でしたが、その時はこちらのほうが人間らしい生活だなと感じました。

その当時、温暖化という言葉は、まだ使われることもない頃でしたが、蔵元は、温暖化の影響で天然氷が取りにくくなっているという事を盛んにおしゃっていました。自分のかき氷を通じて世の中に発信しようと腐心していました。その姿にも魅せられましたし、社会的使命感のある仕事だと思いました。今の時代、かき氷も「インスタ映え」が求められたりします。でも私たちの根底にあるのは、自分たちの氷をどのように美味しく召し上がっていただくか、と言う事。苺のシロップを本物の苺から作るようにしたのは、その方が「ウケる」というより、そのほうが、天然氷には正しいカタチと思ったからです。その思いは今も変わりません。

 

「独立は周りから反対された」

松本:独立するときの周りの反応はいかがでしたか?

石附:かき氷一本で食べていくということに、周りからは、「冬場はどうするの」と、反対されましたし、その前に呆れられました。上司も同僚も友達も、誰一人温かい言葉をかけてくれる人はいませんでした。子供も二人、家のローンも。家内は一番の抵抗勢力でした。でも、営業マンとしての嗅覚から、この素晴らしい天然氷が売れないはずはない、という自信はありました。冬場の売上の問題は未解決のままでしたが、腹をくくり、独立を決めました。

 

「職業訓練校で料理に関する知識を習得」

松本:飲食店経営の技術は持っていたのですか?

石附:当時は、大学生の時にずっと飲食店でアルバイトをしていた、くらいの経験しかありません。京都の知り合いのお店でいろいろ教えていただいたのですが、いざやってみると見えてくるのは自分に足りないものばかり。技術がないのは初めからなので覚悟はしていました。でも、始める前はなかなかそこまでたどり着かないのですが、衛生管理などの知識は素人が独学で、と言うのは難しい。特にかき氷は「生もの」。そんな時、職業安定所で職業訓練校の存在を教えていただきました。いちおう試験があるのですが、何十年かぶりに「インスウブンカイ」とかの勉強もしました。中学生のドリルを買ってきて(笑)その甲斐があってなんとか合格。職業訓練校の料理コースに半年間通わせていただきました。

 

「アルバイトを掛け持ちし、実践を積む」

松本:かき氷屋を開業するために、何をしましたか?

石附:卒業後、来年の夏にはかき氷屋をオープンするという目標があったので、オープンまでの半年間で様々なアルバイトを経験しました。とにかく飲食店で実践を積み、経営に活かしたいという思いがあったので、昼と夜、平日と休日、個人店、チェーン店、大型のホテルと6種類のアルバイトを掛け持ちしました。

 

「天然氷で注目されるも、冬の営業に苦戦」

松本:開業してからの悩みはありましたか?

石附:最初にお店を出したのは鎌倉の小町通り。言わずと知れた大観光地。とにかく観光客が多いため、初年度から夏は行列になりました。また、その当時は、天然氷というものが注目され始めた時期でもあったため、様々なメディアから取材していただきました。自分の力など何一つないのに、ちょっと天狗になっていたと思います。

ところがちょっと寒くなると急に人が寄り付かなくなる。コーヒーを淹れてみたり。場所柄、和風の物の方が良いのかと甘酒を出してみたり。ラーメンも作りました。何度もトライアンドエラー繰り返しました。鎌倉の2年間は本当に財産です。

 

「その後、鵠沼海岸へ移転」

松本:今の鵠沼海岸に移転されたきっかけはありますか?

石附:鎌倉のお店は、もともと2年間限定で借りていました。その後、同じ鎌倉で古民家カフェのようなかたちでお店をリニューアルオープンする予定だったのですが、その物件が耐震問題に引っかかってしまい、急きょ、この鵠沼海岸に来ました。観光地である鎌倉とは違い、鵠沼海岸のお店は住宅街のなか。あまりの土地の性格の違いに戸惑うばかりで、2年ほどしたら鎌倉に帰ろうという気持ちでのスタートでした。ですので、飲食店として、最低限必要な厨房のみ設置して、2階は今でも普通の家のままです。あの時鎌倉に帰っていたら今の埜庵がなかったのは間違いない。この場所で本当に良かったと心から思います。

 

「かき氷が食べたいお客様のためにと思い直した」

松本:鵠沼海岸に移転してからの経営はどうでしたか?

石附:鵠沼海岸に移転してきてからは、かき氷のお店のとしての認知は広まりましたが、それだけでは経営が安定しなかったため、近所のご婦人向けにランチを出してみるなど工夫しました。もちろん一生懸命作りました。その甲斐あって、ランチ客で満席となることも。

 

しかし、かき氷を目的に来店される本来のお客様を、待たせてしまうという事態が。待たせるどころか、いつご案内できるのかもわからない。

そんな試行錯誤の中、3年目に「かき氷が1杯も出ない日」がありました。かき氷の店なのに、ランチでお店を回している現状を思い直し、埜庵のかき氷のファンの方たちの為のお店に作り替えようと決心しました。かき氷のみで勝負する、という強い気持ちに変わりました。

 

「冬のかき氷というマーケットを作る」

松本:冬にかき氷を食べてもらえる工夫などはありますか?

石附:美味しいかき氷を「作る」ことが大前提ですが、いくら美味しいかき氷を作っても、冬には食べて下さるお客様がいません。言葉は悪いけど、まず必要なことは、食べてくださる人を「作る」ということだと思います。「作る」の意味が違います。

開業当時は、冬でもかき氷一本で営業しているお店は珍しかったと思います。なので、冬でも、かき氷が美味しいということに気づいてくださる方がいたら、それは全て埜庵のお客さまでした。会社員の頃、よく提案販売みたいなことを言われましたが、本当の提案は、お客さまが望んでいることではなく、お客さまが気づいていないことを示すと言う事だと思います。

「冬のかき氷も美味しい」そのことに気づいている方は、当時はあまりいませんでした。よく皆さんに、「今のかき氷屋を始める方は楽ですね」みたいなことを言われます。半分は僕に気を使って言ってくださるのですが、全部自分のお客さんにできた昔の方が幸せだったと心から思います。苦しかったけど。昔も今も変わらないのは、できるだけ多くの人に食べてもらい、口コミで広げてもらうということにつきます。

 

「ここにしかないもの」

松本:行列ができる工夫はありますか?

石附:飲食店なので、美味しいものを提供することは当たり前のことです。埜庵は、氷もシロップに使っているフルーツも、とてもこだわっています。苺のない夏に、オリジナルの苺から栽培している訳ですから、天然氷との組み合わせは絶対にここでしか食べられません。かき氷という商材が、コンビニで買えない、通販で取り寄せできない、そもそもここに来ていただくしか食べることができません。お客さまにとっては不便極まりないと思いますが、そのことが行列に繋がっているのは間違いない事と思います。私たちにとっても売り上げを一挙に拡大することもできないので、ビジネスとしては不合理極まりないですが、お互いにとっての不便が、結果としては行列という結果になっていると言う事だと思います。

 

「口コミに勝るものはない」

松本:リピーターを生み出すための秘訣はありますか?

石附:かき氷ですから夏は行列ができます。並んでいる光景は宣伝にもなります。並ぶのが苦手な方は、少し肌寒くなってきて、お客さんが少なくなった時期に来ていただけます。お客さんが少なく、忙しくない時期に来てくださった方とは、丁寧にコミュニケーションを取り、天然氷の素晴らしさなどを伝えることで、その方が知人に紹介してくれるという循環も生まれます。

かき氷屋を続けていくうえで大事なのはどちらかというと冬のお客さま。何故ならその方たちが本当の自分のお客さまだから。先ほど申し上げたように、自分の知らないことに気が付かれた方は、自ら外に向けて発信してくださいます。口コミに勝る宣伝方法はないと思います。最近のSNSは口コミの一つ。でもスピードの速さは個人店ではついていけないことも。両刃の剣のような感じはあります。

 

「行列ができることは、いいことばかりではない」

松本:行列ができることはいいことですか?

石附:先ほども申し上げたように「行列は看板」です。メディアも必要以上に煽るので、今は行列を作るのが「目的」と本気で勘違いしている方が多い。ある程度認知度が上がれば、「限定でいくつ」みたいなことをすると、当然最初にお客さまが集中するので、行列もできます。待ち時間も増えます。特に夏のかき氷屋はメディアで取り上げてもらうことも多いため、集客が難しいと言われる時代のなかで、行列ができやすい業態だと思います。テクニックで作る行列というのはあります。

 

かき氷屋がなかったときはしょうがないにしても、都内を中心にかき氷専門店と名乗る方が増えた今、埜庵はどちらかというとあまり露出は控えめにしています。行列店=繁盛店が嘘だと悟ったからです。

例えば、何十人もの方に並んでいただくとどうなるかと言うと、そこにガードマンを雇ったり、整理券配布のためのシステムを導入したりなどの必要が生じます。また、整理券を配布し、何時間後に来てくださいと約束しても、その通りのご案内できない場合はクレームに繋がり、顧客満足度が下がるということも考えられます。みなさん、集客の手段ばかりを考えますが、行列の先に起こる事をリアルに想像できないとリピーターに繋がらないどころか、短期間でお店を閉めてしまうという不幸な結果になってしまいます。だいたい、お客さまはもうみんなが気がついています。しっかりとした計画をもって事業参入することが大事です。

 

「天然氷はコストがかかる」

松本:最近ブームのかき氷屋は天然氷を使用しているところが多いのですか?

石附:天然氷は、貴重な素材ですし、扱いが非常に難しいことが特徴です。埜庵では、天然氷を切らさずに提供するために、チャーターした冷凍車が、日光の三ツ星氷室さんと提携倉庫の間を年間15回ほど行き来しています。保管する倉庫も他の冷凍食品との混載を避けるために専用で借りています。それらの費用は合わせると年間200万円ほど。普通の氷を毎日配達してもらえば全くかからない費用です。天然氷は、その長所を見ているだけでは使い切れません。氷に限らず、良い食材と言われるものは、長所より短所をちゃんと把握しているかが大事。良い食材であるほど使うのをやめてしまう方が多いのはそのため。使い切れないから希少価値があるとも言えます。

 

「飲食業は始めやすいが辞める人も多い」

松本:かき氷専門店を15年近くやられてきて、気付いたことなどありますか?

石附:語弊があるかもしれませんが、飲食業というのは、けっして儲かるビジネスではないと思います。典型的な労働集約型ですから、売り上げをあげていくには人件費も上昇します。人件費をケチると現場は疲弊して崩壊します。飲食業界の大手でも、純利益はけっして大きくない。そして、全国に約120万軒以上の飲食店があり、毎年16万軒ほどが新規に参入して、毎年同じくらい廃業するという事実があります。生き残りの数は、1年で半分、5年で一割とも言われます。儲かると思って始める方は、儲からないと辞めるのも早い。個人であれば、一日中立っていられますか?というような仕事ですから、思い描いていたイメージと違う、と言う事で辞めていく方も多いです。

 

「自分の思いを乗せて仕事ができる幸せ」

松本:起業したいのですが、どの分野に進もうか迷っている方へアドバイスをお願いします。

石附:よく質問されることが、サラリーマンの時と今ではどちらが良いですか?ということ。残念ながらその答えは今はわかりません。今の方が良い、と思わないとやっていられないというのはあります(笑)

サラリーマンの一番の弱点は、現状の報酬や仕事に満足していない事だと思います。辞めてみると、その時の境遇がいかに良いものだったかというのを実感します。特に社会的に保障されている部分はフリーランスには一番うらやましい。どの分野に進もうが、フリーランスでいると言う事は、必ず不都合な現実が付きまといます。まずはそのことをいかに身近に感じることができるか。住宅ローンなどは絶対組めない。いい歳こいてクレジットカードの審査ですら落とされる。その現実を受け入れられないなら踏み出せすべきではないと思います。生きていくくらい何とかなるさ、ではなんともなりません。

 

「かき氷というジャンルでプロに」

松本:仕事の夢はありますか?

石附:私は、「かき氷を作るのが仕事ではなく、かき氷が仕事」と、聞かれた方には答えています。企業さんと商品開発をしたり、自治体や大学でセミナーをしたり、かき氷に関する映画の監修など、かき氷にまつわる幅広いお仕事をいただいています。

インターネットでかき氷について検索して出てくることは、みんなが知りうることなので、残念ながらそれでは差にはなりません。いくらでも暇なときはありましたから、本当に勉強する時間だけはありました。図書館を巡ったり、実際に史跡を探し回ったり。実際の商いでは、他の方よりも長く早く始めた分だけ知りえた知識もあります。

かき氷は間違いなく日本特有の食文化ですが、その歴史についてはあまり研究されてもいません。あの人に聞けば何とかなる、という存在であることは、逆にいろいろな情報にふれる一番の近道でもあります。これはライフワークだと思っています。

 

「自分の仕事を愛せるかどうか」

松本:最後に、起業を考えている方へメッセージをお願いします。

石附:飲食業しか知らないので偉そうなことは言えないのですが、どの仕事でも自分の仕事を隅から隅まで、ちゃんと愛せるかどうか、が大事だと思います。それが出来てこそ、その道のプロ。誰にでも出来る仕事が、一番やる人によって差が出る仕事。誰もやっていない新しいことを見つけないと勝負できないという訳ではないと思います。

これから起業しようと思っている方にメッセージと言われたら、「起業とは、職をかえる事じゃなくて、生き方を変える事。」だと思います。それがうまくできた方には、等しく成功が待っていると思います。

 

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大志を抱き、二十三歳で単身フランスに渡った著者が、夢に体当たりして掴み取ったものとは?

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株式会社埜庵 代表取締役社長  石附 浩太郎(いしづき こうたろう)
かき氷文化史研究家

1965年 東京生まれ。大学で商品学を学んだ後、音響機器メーカーに就職して営業職に就く。その後脱サラし、2003年、鎌倉で通年営業の「かき氷専門店・埜庵」を開業。

2005年、神奈川県鵠沼海岸に移転。冬になると、かき氷の売り上げがゼロの日も有ったが、天然氷と旬の手作りシロップにこだわり、やがて評判を呼び、全国から冬でもお客がやってくるようになる。かき氷ブームの立役者。

著書
『お家でいただく、ごちそうかき氷』『かき氷屋 埜庵の12か月』『なぜ、夏冬のかき氷に行列ができるのか?』などがある。

 

かき氷の店 埜庵(のあん)
http://kohori-noan.com/

 

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